Minstrel☆Sanctuary

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永遠の一瞬  ギリシア神話の彼方に

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星めぐりの歌     宮沢賢治 

あかいめだまのさそり  ひろげた鷲のつばさ
あをいめだまの小いぬ  ひかりのへびのとぐろ
オリオンは高くうたひ  つゆとしもとをおとす
アンドロメダのくもは  さかなのくちのかたち
大ぐまのあしをきたに  五つのばしたところ
小熊のひたひのうへは  そらのめぐりのめあて


満天の星を見上げるとき、あなたは、どんな想いを抱きますか。賢治の詩をふと口ずさむ。そうして、いつしか混沌の宇宙へ放り出された切なさで、胸がいっぱいになる。あるいは、根源的な存在の孤独を噛みしめて、内省。それとも、不確かな身を、星空が抱きとめてくれると感じるのだろうか。手鏡が、人の温みで、やわらかく目覚めるように。


息かけて覚ます手鏡天の川  角川照子


古来、人は、星を眺めて、暦を思いついたり、未来を占ったり。光年の彼方にある星と星を繋いで、壮大な神々の物語を天空に紡いできた。
星と聴いて真っ先にひらめくのは、ギリシア神話。深く根を張り、ときどき貌を出す。恋や悪戯を仕掛け、妬み、嘆く。そんな人間味のある素朴な神々が登場する。その譚海の中から星に纏わるストーリーをいくつか紐解いてみよう。


 少年のたてがみそよぐ銀河の橇  寺山修司


掲句、どこか神話めいた仕立て。たてがみの少年は 作者自身だろうか。はじめに、冬の星座アンドロメダ。母カシオペアの驕りが禍して、神々の怒りを買う。娘のアンドロメダは、岸壁の鎖に縛られて、海の怪物の生贄に。だが、危機一髪、空を飛んできたペルセウスに救われる。寓話的活劇ラブロマン。


天の川鷹は飼はれて眠りをり  加藤楸邨


揚句、轟く天の川の下、飼われても孤高の鷹の眠りは、果てない。ペルセウスの倒したメデューサの血から天馬ぺガソスが生まれる不思議。欺瞞のカオスから真実への目の覚めるような変容。聖なるものは、清濁を内包するのか。神話とは、ドラマティックで深遠。カシオペア、アンドロメダ、ペルセウス、ペガソス、すべて秋から冬の星座として夜空に集う。


寒昴鉛筆書きの妹の遺書  角川春樹

    
プレアデス星団は、ペルセウスとオリオンに挟まれている。神話では天を担ぐアトラスの七姉妹。和名、昴=統ばるは、集まって一つになるという意味。掲句の鉛筆書きに、早すぎる死を憶う。星は命が生まれさざめき、いつか魂の辿り着くところ。
凍てついた空に狩人オリオンは、旅人を守って煌く。一方、天の狼シリウスは、彼の猟犬。ギリシアの吟遊詩人ホメロスは、叙事詩『イリアス』の中で、こう語る。鍛冶の神がアキレウスのために盾を鍛えるとき、そこに、太陽、月、オリオン座、昴、大熊座、名のある全ての星を刻む。天空の熊は、暴れん坊オリオンを常に窺っているらしい。ホメロスのまなざしは、星座を動かないものではなく、アニメーションのように活き活きと映し出す。掲句も静の中の動。宇宙の一角を占める狩人への憧憬が滲む。


凍雲をオリオンのまた一つ出し    篠原梵


北斗七星を含む春の星座の象徴、大熊座の物語は、波乱万丈。オリンポスの神ゼウスの横恋慕、その妻ヘラの嫉妬。ゼウスに誘惑される乙女カリスト。身籠ったカリストは、彼女が慕い仕える女神アルテミスの怒りから、熊の姿に変えられる。だが、人としての感情を失わず、森を彷徨う。母と知らず出逢った息子に矢を射かけられ、ゼウスは彼女を星に。天空に掲げれば、すべてがリセットされるのか。否、ヘラの心は、沼のように重い。次に揚げるランボーの詩『わが放浪』は、中原中也の訳。

  
私は出掛けた、手をポケットに突っ込んで。半外套は申し分なし。私は歩いた、夜天の下を、ミーズよ、私は忠僕でした。さても私の夢みた愛の、なんと壮観だったこと!独特の、わがズボンには穴が開いてた。小さな夢想家・わたくしは、道中韻をば捻ってた。わが宿は、大熊星座。大熊星座の星々はやさしくささやきささやいていた。そのささやきを路傍に、腰を下ろして聴いていた。ああかの九月の宵々よ、酒かとばかり 額には、露の滴を感じてた。幻想的な物影の、中で韻をば踏んでいた、擦り剥げた、私の靴のゴム紐を、足を胸まで突き上げて、 竪琴みたいに弾きながら。


蠍座。晩夏の夕べ、地平近く南中するS字形の星座。蠍の心臓アンタレス。前述のオリオンを刺した真紅が空に滴る。大火とはアンタレスの漢名。李白の詩は、蠍の尾に素秋の感慨を込める。


太原(たいげん)の早秋(そうしゅう)           李白
歳落ちて衆(しゅう)芳(ほう)歇(や)み
時は大火(たいか)の流るるに当り
霜(そう)威(い)塞(とりで)を出でて早く
雲(うん)色(しょく)河を渡って秋なり  (後略)


琴座。リラと呼ばれる竪琴。それは、太陽神アポロンがオルペウスに与えた弦楽器である。オルペウスが触れるとき、竪琴は、木々を抜ける風のような音を奏でただろう。
楽人オルペウスは、蛇に咬まれて死んだ妻エウリディケの棲む冥府へと、はるばる降りてゆき、連れ帰ろうとする。決して姿を見てはならない約束。けれど、虚ろな影のような妻の様子が気がかりで、つい振り返ってしまう。日本のイザナギイザナミの黄泉比良坂に照応する劇的シーン。愛の深さゆえの脆さ。愛する人を永遠に失って嘆きつづけ、現実を直視することができないオルペウスの闇は深い。
果たして彼は、嫉妬した巫女たちに、ばらばらにされてしまう。モローやルドンの絵のままに、彼の首は竪琴と一体になって流される。主を失い、誰も触れない竪琴。だが、その響きは、生きものばかりか小石までも魅了する。オルペウスの魂の昇華した竪琴リラ。これが琴座となって、白鳥座の西に輝く。七夕の織女ベガを含む四つ星。ベガは夏から秋の天のもっとも明るい星である。


女一人佇てり銀河を渉るべく   三橋鷹女


銀河は、何かを決意させる力を秘めている。掲句、踏み出そうとする緊張と清々しいまでの志。
二十一世紀の都市で、煙るような天の川を見なくなって久しい。神話では、赤ん坊ヘラクレスがあまりに強く母ヘラの乳房を吸ったため、空に飛んだ乳が天の川になったという。血の熱さを持つ乳の迸りに、ヘラの母性と逞しさを感じるエピソード。 
星の導くまま、神話に纏わる物語を読み解いてきた。星や花への変身譚は、煌く生命を永遠に封印したい、そんな願いを象徴するのだろうか。究極のところ、神話は、死と再生の物語である。ギリシアの死生観は、碧玉の海原のように鮮烈。野良猫の暮らす白い漆喰の路地は、光も影も濃い。市場の柘榴売の目は、ソクラテスの沈思を帯びる。だが、彼の乾いた大きな手は、限りなく温かい。


 星飛ぶや掌の中の手のやはらかく   不破博


本来、離れ離れの星々が、人の感受で一つの座に結ばれる。そんな危うい邂逅の中で、遙かの物語と詩歌は、星の瞬きのように呼び合っている。


七夕や髪濡れしまま人に逢ふ  橋本多佳子

 
ふと、こんな恋に憧れる。逢瀬の渇きとときめき。生の歓びと儚さが、流れ星のごとく交錯する。
星の顕れはじめる夕空を、ブルーモーメントと呼ぶ。透明で清澄な青い時間軸。その遙かな青は、ひとりぼっちの心を満たしつつ、夜の海原を静かに渉ってゆく。最後に、神話の終章に相応しい叙事詩のような歌を一つ。


天の海に雲の波立ち月の船星の林に漕ぎ隠る見ゆ                 柿本人麻呂




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俳句界 7月号 2008 
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by minstrel1209 | 2008-07-15 23:14 | review

昼過ぎのシーツを泳ぐ金魚かな  春樹


ふと、マティスの金魚を想起させる。

滴る赤、透く緑。

硝子を通して閃く炎昼の影がシーツに泳ぎ、

ボサノバ的気怠さを漂わす。

浮游する金魚こそ、エロスとタナトスの象徴だ。

作者の魂の在処が、時空を揺らぎはじめる刹那。
            




河7月号 一句鑑賞 2008.7




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by minstrel1209 | 2008-07-13 21:12 | review